in the room

埋まらない退屈だけを愛しぬけ

月報2022/08

8月の月報です。
これでも短くしたのです。
長い長ーい長いです。


わたしね、青ヘルだったの。
小さな声だった。

 

ほんのりお酒を口にして、朗らかになったのだろう。
まだまだ私はいろいろ甘いから、思わず大きな声が出てしまった。
文字でしか知らないそれを、この人は経験していた。
びっくりする私を、彼女は変わらずやさしく、ころころ笑っていて、こう続けた。

 

私は、ほら、体が小さいでしょ。いつも潰されちゃうの、爪が剥がれるから困ったわ。

 

少し視線を下げて、目の奥は遠くを見ている。

 

でもね、なにをしたいのか、しているのか、わかんなくなっちゃった。
だから、すぐに大学も全部、やめちゃった。
あっという間ね。

 

ああ、細く軽く飛んでしまいそうで、全く動かせないほど重い、声。
この人は「そうよぉ社青同だったの」って明るく他人に言ってみるのは、今が、初めてかもしれない。
孫には話さないかもしれない。
なんとなく、そんな気がした。

 

あまり有効活用できなかったなぁ、せっかく育ったのに。
そうやって持て余している私の大きな体が、こんな時はちょっとだけ役に立つ。
すごいね、かっこいいね、迷って悩んで考えて選んで動いて、今も元気に生きていてくれて、あなたに会えて、私はうれしい。
そんな言葉を、ありったけ両腕にのせて「大好き」とふんわりハグをする。
私の愛はいつだって重いから、彼女を隠してしまうほどの私の大きな背中は、きゅっと丸めるくらいで、ちょうどいい。

 

どうにもできなかったと語る当時を、少し口にしたことで、なにかが良い風にのって流れていったらいいなと、帰り道で考える。
町内会は連合会がいくつもあって、老人会にも連合会がある。
私が接している社会は、今はそこしかない。
しかし、とてつもなく広い世界の入り口でもある。
そろそろ自分の窓を閉じていく年齢になったような気分でいたのが、恥ずかしい。

 

次の桜までは、あの葉が枯れ落ちたら。
この台詞が、こういうことかと、体感し始める。
訃報が続く。
酷暑。
高齢化社会に、ただ話を聞くだけの、体の大きな中年は、役に立つような気がしてきた。

 

法律婚が自分に合わなかったので事実婚にします、と発表したタレントが、ニュースサイトのトップに扇情的な見出しで、離婚と記載されていた。
さらに、その経緯で、自らのジェンダーセクシュアリティなどのセンシティブな部分にまで触れていて、ここまで公表せねばならないのかと思ったり、外に出すことで生きやすくなるなら耐えていないでほしいし、こんなにも他人の家に口を出したい人が多いのかと驚いたりした。

 

同じ日に、隣に座った女性の下着を剥ぎ取った役者の謝罪があった。
それは、なにひとつ、謝罪ではなかった。
こんな別れは、想像していなかった。

 

なにも言わない、知らせない、伝えない。
言わなくてはいけないことを、言おうとしない。
聞かなくていいことを、話せという。
黙っていられない、聞かれなくても、話してしまう。
言いたくて言えずにいってしまった人、聞きたかったけれど聞けなかったこと。

 

ただ話すだけ、が、こんなに難しい。
やっぱり私には、わからない。
今日も今日とて、私は息をするだけで、ぎりぎりだ。

 

ほんのり頬が紅くなってきた、大好きなあの人のカメラロールは、孫たちのかわいい姿でいっぱいだ。
私は、できれば、毎日くるくると育っていくこどもたちと、育てる人の両方を、抱きしめていたい。

 

朝日が背中にあたりはじめていて、まだしっかりした夏の強さで、私は黙々とキーボードを叩いている。
夜明けのラブレターほど、ひどいものはないのに、なぜかいつも書かずにいられない。

 

今年に入って薬がまた変わり、太る種類のものになった。
さすがにつらいので、昨年末から筋トレをはじめた。
想定していた脂肪の何割かが筋肉になってはいるようで、いまのところ、なんというか、たくましい。
血縁をみるかぎり、私は丸くなるし、骨は弱く、筋肉はすぐに衰える。
まだまだ、いざという時に立ち上がれるような準備はしておかなくちゃ。
昼と夜が逆になって、ごはんを作りたくなくなってきている。
負けない。

 

20年前、笑いながら泣きながら、ひとりでもみんなとも歌ったあの曲を、彼女がまた2022年に歌ってくれたのをきいて、どうにもならなかった当時とか今も生きてこれを見聞きできていることとか、たまらなくなって、ぼろぼろ泣きました。
大人は泣かないらしいけれど、すぐ泣く大人がいたっていいと思うの。
life's like thisなんです。